社長兼Webマスター、ねじあさいこと浅井英夫です
昭和41年4月14日、東京都足立区で生まれる。昭和43年埼玉県草加市谷塚上町に移り、5才の時私立谷塚おざわ幼稚園に入園。
その後、市立谷塚小学校、谷塚中学校を卒業後、県立越ヶ谷高校に入学。高校3年間は卓球部に所属、3年の時は主将をつとめる。
卒業後、(有)浅井製作所に入社、父浅井伸一よりネジ製造のノウハウを学ぶ。
平成3年12月1日長男「勇太」誕生。
平成5年8月20日長女「葉摘」、平成12年3月4日5時(7分)次男「力(リキ)」誕生。平成9年、父浅井伸一の病気により代表取締役に就任。現在3人の子供と4人家族。
趣味は卓球とプロレス。
卓 球

中学で卓球を始め、高校卒業後も越谷市大袋の「TKOクラブ」で毎日練習に励んでいました。
中学時代はわけもわからずシェイクハンドを使い、シェイクはカットマンだと勝手に思い込んでカットマンになりました。
当時は珍しいイボ高ラバーを使い、戦歴は最高で団体戦で市内準優勝、個人では市内新人戦で優勝、東部地区大会ベスト8です。
高校に入りアンチソフトラバーにかえ、団体戦東部地区準優勝、県大会ベスト8の成績をおさめました。卒業後はラバーを裏裏に
かえ「TKOクラブ」でほぼ毎日練習。主にその当時かなり強かったジュニアクラスの子達と練習させてもらい、特に会長さんの娘さんで
全日本一般の部に史上最年少(13才)でランク入りした智子ちゃんとは毎日のようにカット打ちの練習をしました。越谷市会長杯2部で
初優勝したあと腰痛の悪化と結婚を機に一時リタイア。機会があればまだまだ続けたいと思っています。
プロレスリング

小学校の時、テレビで猪木の試合を初めて見てからかれこれ20年以上。プロレスファンというより新日
ファンです。猪木、シンの抗争からジュニアの頃の藤波、北米タッグの坂口長州組、タイガーマスクの登場、
IWGP構想、長州軍団、UWF、闘魂三銃士など、数限りない名場面を見てきました。
途中ブランクはありますがまだまだプロレス熱は衰えてません。実際、1987年4月「ギブアップまで待てない・・」
第2回放送から2003年7月現在まで「ワールドプロレスリング」をほとんど全部ビデオに撮り保存してあります。
(現在は撮っておりません。あしからず。。。)リストもありますので興味のある方は、ご覧ください。
闘魂スペシャル!
さてここで問題です。このページの写真にあるマスクをかぶっているマスクマンの名前は?
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